橋の博物館隅田川:勝鬨橋・かちどき橋の資料館

ポタリング

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隅田川に架かる橋はどれも歴史があってとても好きです。
中でも河口部に架かる「清洲橋」「永代橋」「勝鬨橋」の3つは国の重要文化財に指定されていて、歴史的価値も高い橋です。
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その3つの橋の一番河口にある勝鬨橋のすぐ近くに、「かちどき橋の資料館」があります。
この資料館は、橋を開くために使用していた変電所を改修し、勝鬨橋を始めとする隅田川に架かる橋についての資料が展示されています。
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入口はこんなかんじでちょーっと入りづらい雰囲気(?)
でもドアに「いらっしゃいませ開館しています」というポップ目な張り紙が貼ってあるので勇気を出して中へ。
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内部はかなりこじんまりとした空間です。
先客のグループが通路で説明を受けていて、前に進めないくらいの小ささですが、資料は充実してます。

勝鬨橋の歴史

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勝鬨橋は東京港修築計画に基づいて昭和15年に架けられました。
月島の交通不便解消のためと、当時埋め立てが進んでいた晴海や豊洲地区の開発支援のため建設されたそうで、また、当時国家的イベントとして予定されていた万国博覧会へのメインゲートとしても利用するために、当時の最先端技術の粋を集めてつくられたそうです。
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橋の名前は、日露戦争の勝利を記念して築地と月島間に新たに設けられた渡し場である「かちどきの渡し」に由来しています。
勝鬨橋は、国内最大規模の稼動支間を有する技術的完成度の高い構造物であり、近代可動橋の一つの技術的到達点を示していると言われているそうです。
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これが勝鬨橋を動かしていた発電設備。当時のまま保存してあります。
戦前は一日5回開閉していましたが、戦後からは3回になり、昭和36年からは1回になっていったそうです。可動部は70度まで70秒で開き、船が通る間は約20分間交通止めになっていたんだそう。
隅田川河口部は、江戸から明治、大正昭和初期まで港の働きのある水域で、倉庫や工場、造船所などがあったので、大きな船を通すことを目的に稼働橋にした勝鬨橋ですが、生活物資などを運搬する交通手段は昭和30年代に入ると、自動車に転換していきます。
このため、隅田川を航行する船が減少したのと、勝鬨橋が渡している晴海通りの交通量が多くなり、昭和45年11月29日を最後に開閉を中止したそうです。
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館内の2階に上がると、発電設備を動かしたり、勝鬨橋に電気を送るための設備などが当時のままに保存・展示してあります。
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一度この資料館で学んでから、勝鬨橋を見ると味わい深く見えてきますね〜。
ただ川を渡るため、海を渡るための橋ではなく、歴史を語る建造物として見ると、興味が沸いてきます。
隅田川に架かる他の橋も取り上げて行きたいなー。
ところで、かちどき橋の資料館って名前、どこで区切るのが正解なんでしょうね?
「かちどき、橋の資料館」なのか「勝鬨橋の、資料館」なのか…。
前者だと「かちどきにある橋の資料館」って感じだけど、後者だと「勝鬨橋の資料館」って感じですよね。
資料館の内容的には後者?いやでも清洲橋や永代橋の資料もあったしなー。
あ、そういう意味ではどこで区切るか不明なのも理にかなってるのか!
っていう、すごくどうでもいいことを考えながら帰路につきました。